「先生、私のこの体調不良は、日々の食事のせいでしょうか。何か避けた方がいい食べ物はありますか?」
もしあなたが、日本の大病院の白い診察室でそう尋ねたとしたら、返ってくる言葉は十中八九、こうだと思います。 「うーん、暴飲暴食を避けて、バランスよく食べていれば大丈夫ですよ。それより、このお薬を続けてくださいね」
食を変えたら症状が無くなった一人の人間として、40歳で動脈乖離になった愛する妻の夫として、私は長年、国内外の医療のあり方や食生活の情報を調べてきました。その中でずっと、胸の奥に冷たい澱(おり)のように残り続けている、一つの「不都合な真実」があります。
それは、私たちの命に直結しているはずの「食」について、日本の医師たちは驚くほど学びの機会を与えられておらず、それゆえに具体的な指導法を「知らない」という現実です。
現代日本の「奇妙なミステリー」
いま、日本の医療を取り巻く環境は一見すると非常に充実しているように思えます。
- 増え続ける医療資源: 最新の医療機器を備えたクリニックが溢れ、調剤薬局はコンビニよりも多く立ち並び、検査技術は日々進化している。
- しかし、病人は増えている: 人口が減り続けている一方で、糖尿病やアトピー、大腸がん、原因不明の慢性疲労といった「病人」はなぜか増え続けている。
詳しくあげると、
実は、厚生労働省や国立がん研究センターの最新の統計(一次資料)を見ると、人口が減っている日本で、「食生活や体内の慢性炎症と深く結びついた病気」が右肩上がりで増え続けているという、不都合な現実が浮き彫りになります。
- 大腸がん: 国立がん研究センターの『最新がん統計』では、今や日本人の2人に1人ががんに罹る時代。その中でも食の欧米化や油・添加物と関わりの深い「大腸がん」が、すべての部位の中で罹患者数トップに君臨している。
- アトピー・アレルギー疾患: 厚労省の検討会報告書によると、アトピーや花粉症の患者は一貫して増え続け、今や全人口の約2人に1人(約50%)が何らかのアレルギーを抱えている。
- 認知症: 内閣府の『高齢社会白書』等のデータによると、認知症患者は爆発的に増えており、高齢者の約5人に1人が認知症になる社会が目前に迫っている。近年では、過剰な糖質による脳の「糖化」や「慢性炎症」との深い関わり(脳の糖尿病)が指摘されている。
医療や検査がこれほど進歩しているのに、なぜ私たちは健康になれないのでしょうか。私は、その答えの鍵が「医学部のカリキュラムの断絶」にあると考えています。
日本の医学教育が抱える「点」の知識
日本の医学教育の最高指針である文部科学省の『医学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度改訂版)』を調べてみると、驚くべき事実がわかります。
この膨大なガイドラインの中に、「栄養学」や「食教育」という独立した専門科目は存在しない。
日本の医学生たちが学ぶのは、徹底した「顕微鏡の向こう側の世界」です。
- 「細胞膜はリン脂質二重層でできている」という分子構造
- 「炎症が起きるとTNF-α(腫瘍壊死因子)という物質が飛び出す」という生化学の仕組み
これらを試験のために完璧に暗記します。そのレベルの高さは世界一と言っていいかもしれません。
しかし、そこに「線(つながり)」が足りないのです。 自分が昨夜食べたポテトチップスや菓子パンの「悪い油(オメガ6系脂肪酸など)」や「大量の砂糖」が、まさにその細胞膜の形を狂わせ、TNF-αを大分泌させて体内でボヤ騒ぎ(慢性炎症)を起こしている。そんなキッチンと細胞を繋ぐ地続きのストーリーを、彼らは授業で習いません。病気になってからの「数値」は習うけれど、病気になる前の「食事」は素通りする。これが日本の医学教育のリアルなのだと思います。
海外の医学部が実践する「料理医学」の衝撃
一方で、海を渡ったアメリカやヨーロッパのメディカルスクールの現状を知ったとき、私は大いなるロマンと、日本との圧倒的な温度差に目を見張ることになりました。
欧米では「医師が食事を指導できないのは教育の敗北だ」という猛烈な危機感のもと、「料理医学(Culinary Medicine)」という全く新しい学問が急速に広がっています。例えばハーバード大学・メディカルスクールが展開するプログラムのシラバス(講義計画)を見ると、彼らの学びは日本のそれとは大きく異なります。
- 実習室はキッチン: 医学生たちはテキストを開くだけでなく、大学に併設された実習用キッチンで自らエプロンをつけ、フライパンを振る。
- 論文と実践の融合: 「小麦のグルテン(グリアジン)が腸の細胞の結合を緩めるプロテイン(ゾヌリン)を放出させ、腸に微小な穴をあけるリーキーガット(腸管壁浸漏)を引き起こす」という最先端の医学論文(Dr. Alessio Fasano, et al. 2015)を教科書として読み込み、患者への具体的な「グルテンフリー」の勧め方を実践的に叩き込まれる。
- 油の処方: オメガ6とオメガ3の比率が慢性炎症に与える影響(Patterson, E., et al. 2012)を学び、患者の生活背景に合わせた食材を提案する。
彼らにとって、食事の改善は薬の処方と同じ「科学的な治療」なのです。
なぜ日本は「食」をシャットアウトするのか
なぜ、日本はこうなってしまったのでしょうか。 日本アレルギー学会の公式見解(「IgG抗体検査に関する注意喚起」)などを見ると、日本の医学界が「一過性のトピックや、万人に100%立証されていない食事制限は、患者の栄養障害を招くため推奨しない」という、極めて慎重な「安全第一主義」をとっていることがよくわかります。
その生真面目さは日本の良さでもありますが、結果として、海外の新しい臨床データが教科書から自動的にシャットアウトされる構造を作ってしまっています。
薬が増え、医者が増え、検査が増えても病人が減らない理由。それは私たちが、
「体に悪い食べ物で病気のタネを日々蒔きながら、芽が出たら病院へ行って薬という石で芽をふさぐ」
という、終わりのないモグラ叩きを繰り返しているからではないでしょうか。タネそのものをまかない方法、つまり「食」を、医療の真ん中に取り戻さなくてはならないと感じます。
最後に:細胞は語る
日本の医師全てが悪とは言いません。彼らもまた、顕微鏡の点だけを教えるシステムの被害者なのだと思います。卒業後に自ら貪欲に海外の論文を読み、分子栄養学を学んだ、製薬業界と医療業界に物申せる雀の涙の数の「勉強熱心な優しい医師」だけが食を語れるという現状は、あまりにも恐ろしいことです。
「あなたが食べたものが、あなたの細胞になる」
このあまりにもシンプルで美しい生命の法則を、日本のすべての白い診察室で、医師と患者が当たり前のように語り合える日が来ることを、私は切に願ってやみません。


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