いつからだろうか。市販のノンオイルドレッシングをサラダにまわしかける時、あるいは夜食のカップ麺のスープをすする時、その不自然な「なめらかさ」に、私の指先が小さな違和感を覚えるようになったのは。
かつての私は、食卓の利便性を疑いもしない人間だった。ドレッシングが野菜に綺麗に絡むのも、アイスクリームが口の中でとろけるのも、プリンがぷるんとスプーンにのるのも、すべては食品メーカーの「ちょっとした技術の粋」なのだと盲信していた。忙しい現代を生きる私にとって、それは安価で手軽な「豊かさ」そのものだったのだ。
しかし、ある日、何気なく商品の裏面を眺めていた私は、そこに印刷された「増粘多糖類」あるいは「増粘安定剤」という、どこか事務的な4文字の羅列に目が留まった。調べてみれば、これらは用途によって「増粘剤」「安定剤」「ゲル化剤」と法律(消費者庁「食品表示基準」)で呼び分けられているものの、その中身はどれも同じ多糖類。しかも、食品メーカーがこれらを用いる最大の理由は、卵や脂肪分、果肉といった本物の食材を極限まで減らしつつ、美味しそうな食感を演出するため――要するに、徹底的なコスト削減の道具なのだという。
私は、自分が「本物の濃厚さ」ではなく、精巧に作られた「偽物のとろみ」にお金を払い、それを美味しいと喜んでいた事実に、乾いた落胆を禁じ得なかった。
異国の海藻と、実験室のネバネバ
その日から、私はこのネバネバの正体を私なりに掘り下げて調べるようになった。図書館の資料や公的なデータベースを回るうちに、植物由来という耳当たりの良い言葉の裏にある、あまりに工業的な製造現場の姿が浮かび上がってきた。
例えば、私が最も身近に摂取していたキサンタンガム。ドレッシングやタレ、果ては高齢者向けの「とろみ調整食品」にまで無制限に使われているこの成分は、主原料のトウモロコシ澱粉にアメリカ産などの遺伝子組み換え作物が使われているケースがほとんどだ。しかも、それにキャベツの病原菌の一種である「キサントモナス」という細菌を植え付け、大型タンクで発酵させ、有機溶剤を投入して沈殿させて作るのだという。私はその甘すぎる基準を、厚生労働省「指定添加物リスト」 や 内閣府食品安全委員会「キサンタンガムの食品健康影響評価書」 という一次資料の中に確認し、溜息を漏らした。
乳製品のコクを偽装するカラギーナンにいたっては、フィリピンなどの海藻を水酸化ナトリウムという強アルカリ性溶液の巨大な釜でドロドロに溶かして作られる。厚生労働省「添加物使用基準」 を見れば、海外では乳幼児向けに禁止されているこの成分が、日本のベビーフードには合法的に添加されている現実がわかる。
さらに、インスタントラーメンの麺のコシを出すグァーガム(厚生労働省「既存添加物名簿」)や、安価な焼酎のコク出しやパンの老化防止に使われるカルボキシメチルセルロース(CMC)。特にCMCは、木材パルプを劇薬であるモノクロロ酢酸で化学合成した、自然界に存在しない構造を持っている(厚生労働省「指定添加物・食品別の使用基準」)。
これらが戦後の食糧難や高度経済成長期の大量生産時代(昭和29年 厚生省告示第百七十七号 や 平成7年施行 厚生省告示第百二十号『既存添加物名簿』 にその歴史が残る)に、本物の食材の代用品として次々と許可されていった経緯を知り、私は暗澹たる気持ちになった。
しかも日本の法律は、これらを複数混ぜれば個別の名前を隠して「増粘多糖類」と一括表示して良いと定めている(消費者庁『食品表示基準について(消食表第10号)』)。私たちは、自分が胃袋に流し込んでいるのが劇薬処理された海藻なのか、木材パルプなのかを、裏面からは決して見破ることができないのだ。
壊される腸壁、世界が鳴らす警鐘
私がこの調べる作業を単なる「知識のインプット」で終わらせられなくなったのは、現代人を襲う原因不明の病気と、これら増粘多糖類の普及が見事なまでに比例しているという、世界的な疫学調査のデータに触れたからだった。
かつて昭和の時代まで、日本にはほとんど存在しなかった国の指定難病「潰瘍性大腸炎」。その患者数が現在、右肩上がりに爆発している。私は、増粘多糖類(特にカラギーナンやCMC)が大腸のバリアである粘膜層を物理的に弱らせ、慢性的な炎症を引き起こすという動物実験の報告(『環境保健展望(Environmental Health Perspectives)』誌掲載 “Review of harmful gastrointestinal effects of carrageenan in animal experiments”)を読み、点と点がつながる感覚を覚えた。
さらに、世界的大手医学誌 『英国医師会雑誌(BMJ)』の2021年論文(“Association of ultra-processed food consumption with risk of inflammatory bowel disease: a prospective cohort study”) では、増粘剤を多用する超加工食品の摂取が多いグループほど、炎症性腸疾患(IBD)の発症リスクが有意に高まることが示されている。
アトピーや花粉症といった慢性アレルギーに悩む現代人が多いのも、キサンタンガムやCMCが腸内細菌叢を悪化させ、細胞の結合を緩めて毒素を血管に漏らし出す「リーキーガット症候群」を誘発しているからだという説(『Gastroenterology』誌および『Nature』誌掲載 “Food Additives alter the gut microbiota impelling intestinal inflammation” 等)や、大腸がんの腫瘍形成を促進するという報告(米国がん学会『Cancer Research』掲載 “Dietary Emulsifiers/Stabilizers Promote Intestinal Tumorigenesis”)に直面し、私は我が身の行く末を案じずにはいられなかった。
世界に目を向ければ、アメリカ(FDA公式安全アラート “FDA Warning on SimplyThick”)や欧州(EFSA公式意見書 2018年)では乳幼児食品への使用を厳格に禁止し、ペルー(INDECOPI公式決議報告書)ではカラギーナン使用製品への排除命令が下り、メキシコ(公式規格 NOM-051-SCFI/SSA1-2010)では「添加物あり」の黒い警告ラベルの貼付が義務付けられている。世界がこれほど動いているというのに、我が国のルールは戦後のまま止まっている。この決定的なギャップに、私は目眩がするような危機感を抱いた。
主体的な食卓を取り戻すために
生まれた時から何本も注射を打たれ、何度も検査を受け、街には薬局が溢れている。人口は減り続けているのに、なぜか病人は増えていく。この矛盾に満ちた現代日本の風景の底流には、私たちが毎日無意識に口にしている「食」の崩壊があるのではないか。私はそう考えざるを得ない。
利益を最優先する企業や、それを追認する政治の構造が変わるのを待っていても、私たちの体は守れない。今のシステムのままの方が、彼らにとっては都合がよく、楽に稼げるからだ。この無策の現状を長年維持してきた政治のあり方にも、私は一人の主権者として厳しい目を向けるべきだと強く感じている。我が身のため、家族のため、そしてまだ見ぬ子孫のために。
私は今、買い物に行くたびに必ず商品の裏面を見る。そして「増粘多糖類」の文字を見つけたら、そっとその商品を棚に戻すようになった。代わりに、少し手間はかかっても、本物の出汁を引き、本物の食材が持つ自然なとろみや食感を味わう生活へと舵を切った。
不自然なネバネバを身体から遠ざけてから、私の胃腸は驚くほど静かに、そして心地よく動き続けている。国も企業も守ってくれないこの時代、裏面の4文字に気づき、それを避けるという小さな選択。それだけが、私のデリケートな胃腸と健やかな日常を守るための、ささやかで、しかし最も確かな抵抗なのだと、私は確信している。


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